恋人は女子高生



「先生」
「どうした?」

片倉小十郎は高校教師だった。担当科目は生物、職員室よりも生物室のとなりの準備室にいることがほとんどで、彼は他の教師から浮いていた。
だが、見てくれは悪くはないから女子生徒には人気があった。
たまに、放課後や昼休み女子生徒が2、3人で連なって世間話をして居座ることがある。

「やった、誰もいないや」

とっくに下校時間を過ぎて、窓の外も暗くなり、学校に残っているのが熱心な吹奏楽部や有名私立か
国立大学を狙う勉強熱心な生徒くらいしか残っていないという時間に女子生徒が独り準備室を覗き込んだ。
いつも世間話をしにくる派手で頭の軽そうな女子生徒、と同じカテゴリーに入る生徒で、長い茶の髪をポニーテイルにして、顔も化粧バッチリで、
だらしなくブラウスのボタンを開け、元の制服が分からないくらい着くずした格好の女子生徒だった。

「まだ帰ってなかったのか?」
「うん、先生と帰りたいなぁって思ったから」

女子生徒は悪戯っぽい笑みを浮かべながら、入室すると小十郎がすわっているデスクと隣り合った席に座った。
短いスカート、だと言うのに女子生徒は脚をだらしなく広げて背もたれに寄り掛かった。
指先には細かいネイルアートが施されていた。スカートの裾から、水色のフリルがついたショーツが覗いている。

「慶、脚」
「やん、先生のえっち」

慶と呼ばれた女子生徒は、さっと両膝を合わせた。

「スカートの下は、体育用のクォーターパンツを履かなきゃダメじゃないか」
「履いてるよ、いつもは。先生に会うから、脱いだの」
「くだらん」

女子生徒は、前田慶という。
彼女は部活もやっていないし、もちろん勉強も好きではない。

「ね?先生、今回生物頑張ったでしょ?」
「生物だけ、な」

小十郎は冬休み目前に行なわれた期末テストの採点をしている。
リズムよく赤ペンが紙を滑る音がする。
前田慶は、生物受験者の中で5位以内に入るほど点数がよい。
ただし、それは生物に限る。他の教科は後ろから数えて5位以内だ。

「ねぇ先生?」
「なんだ」
「俺のこと、好き?」

慶は小十郎の肩に頭を乗せ、甘えた声で問う。

「好きだ」
「慶も、好きよ」

二人は恋仲だった。
慶は今年の春に編入してきたばかりで、まだ制服はぴかぴかだ。
編入生と言うのは根掘り葉掘り“過去”を探られ、不確かな情報に振り回されるものだ。
彼女が編入した理由は、ひどいイジメに遭ったからだった。
イジメられた理由は、若い男性教師に彼女が贔屓にされていたからだそうだ。

慶は編入してから、とてもクールな女だった。
友達になろうと近寄る生徒を冷たくあしらい、彼女の外見にひかれた男子生徒の誘いにも一切応じず、つまり、友人を作ろうとしなかったのだ。
やがてわだかまりが生まれ、クラスを敵に回した。

“妊娠がバレて退学になった”
“援助交際がバレた”
“男好き”

と言った噂が流れ始めても慶が否定しないものだからそれは広がり、学校中に広まった。
今も、慶は独りだ。

夏休み直前の成績会議で彼女の生物の評定が9であることに小十郎は異議を申し立てられた。
成績は優秀だったし、授業には必ず出席していたからマニュアル通り、評定を付けた。
彼女を取り巻く噂などは関係ない。
だいたい彼は生徒に興味はない。慶の存在も小十郎は興味はなかった。
だが、彼女の他科目は全て赤点だと知り、前田慶という人間に僅かに興味をもった。
終業式のあと、唯一未提出だったテストの復習プリントを持ってきた彼女に
“生物が好きなのか”と聞いた。
あまり他人に興味をもたない小十郎だったが、慶の姿をまじまじと観察すると綺麗な顔立ちでスタイルも抜群だと思った。
変な噂を流したのは他の女子が嫉妬したからだと確信した。そして、以前イジメに遭ったのも。

“生物の先生が好きだから、かな”
“ほぉ、どんな所が”
“渋くて、格好いいから。だけど俺のこと、ちゃんと見てくれてるから…もっと好きになったよ”

そして、気付いたら慶と小十郎は強く惹かれあい交際を始めていた。
告白したのは、慶だった。

“先生、俺と付き合わない?”

今思い出すと、慶は半分ふざけていたのかもしれない。でも、小十郎がマジメにOKを出してしまったものだから
慶は付き合わざるをえなくなったのかもしれない。

「ねぇ、キスしたい」

慶はデスクでペンを握る小十郎の手をぎゅっと掴んだ。
だけど、今は本当に愛し合っている。

「あぁ、そうだ。弁当箱」
「あ、うん」

小十郎は慶の手を退け、デスクの一番下の引き出しから巾着袋に入った四角い弁当箱を取り出した。

「美味かったよ、とくに卵焼き」
「卵焼きは、まつ姉ちゃんが作ったんだけど」
「い、いや、全部美味かった」
「いいよ、まつ姉ちゃんには勝てないし」

慶はくすっと笑い、弁当箱を受け取った。
小十郎が毎日購買を利用しているのを知っていた慶はたまに弁当を作っては彼に渡していた。
もちろん、誰もいない朝一番にこっそりデスクの引き出しにしまっておくのだ。
交際がバレては、慶の立場はさらに悪くなるし、小十郎の教師としての立場も微妙なものになる。
安易に成績を良くすれば慶に害が及ぶのも分かり切っている。

「もうすぐ卒業、だね」
「単位が足りればな」
「もうっ、俺は真面目に話してるのに」
「すまん」
「でもさ卒業したら、離れ離れだね。なんか……いやだな、離れることがじゃなくて、先生と仲良くなる女子生徒がこの先たくさんいるんだもん。
きっと小十郎さんも結婚して、お父さんになるだろうし俺も社会人になって……
職場恋愛もしてみたいし、寿退社とかしてさ!!素敵な旦那さんと子供を作ってさ……」
「慶」

それではまるで、恋仲の関係でいたくないみたいだ。
小十郎はペンを置き、慶の頬を撫でた。
一度瞬きして、慶は顔を上げた。
真正面から見つめれば、彼女が美人だということが誰にでも言えた。

「なに?」
「俺のこと、好き、じゃないのか?」
「大好きよ?」
「じゃあ、なんで…そんなことを言うんだ」
「え?」
「お前は、そんな風に考えて…俺と付き合ってるのか」
「先生……?」

潤んだ瞳を震わせ、慶は首を傾げた。小十郎は慶の腰を引き寄せて膝に座らせると、触れるだけの口付けをした。
その感触に、小十郎は心地よくなり何度も繰り返し口付けて、やがて唇をついばみ、舌を求め合うような激しいものへと変わっていく。

「せんせ…?ダメだよ」

頬を赤くし、頭も熱くて朦朧としながら慶はブラウスのボタンを外してくる小十郎の手を掴んだ。
先程の口付けで思考が鈍くなってしまった慶は、いとも簡単にブラウスを脱がされてしまった。
ブラウスの下のキャミソールを捲り上げれば、真っ白な体が姿を現す。
真っ先に目が行くのは、やはり彼女の豊かな胸だ。

「可愛い」
「ダメなんだって」
「大丈夫だ、乱暴はしないから」
「違う…」

慶は激しく首を横に振った。
彼女は、どんなことがあっても小十郎に体を許したことがなかった。
キスはよくて、胸を触られるのは少し嫌がって、セックスするのは断固拒否した。

「愛してるよ、頼む…慶を感じたい、全てを知りたい」

耳元に口を寄せ、小十郎は囁いた。
右手はカラフルなチェック模様の下着におおわれた胸を撫でる。
ひくひく、と慶の嗚咽、顔を見れば大きな瞳から大粒の涙が頬を伝っていた。

「慶……」

罪悪感に小十郎は慶を離した。
慶は慌てて小十郎から逃れると、しくしく泣きながら、背中を向けてしまった。

「すまない」
「……もう、帰る」
「あ、あぁ」

小十郎からブラウスを返してもらうと、素早く身に纏って慶は扉に歩み寄った。

「慶」
「はい」
「どうして、ダメなんだ?俺はお前を愛してる…だから、もっとお前を知りたい…お前は違うのか」
「そりゃ、先生と…したいよ?今すぐしたい、でも……ダメなの。俺、結婚するまであんまりしたくない」

いまどき、結婚するまで操を守りたがる女子もめずらしい。まして慶は、明らかに、セックスを気軽にしてしまうタイプだ。
まさか、そんなことを言うなんて思いもしなかった。

慶は、まだ処女らしい。

「それに、妊娠したら…大変じゃないか。小十郎さんとは結婚しないだろうし…」
「結婚、したくないのか」
「だって!!高校でたら、俺は遠くに行くんだもん…!!先生はここに残らなくちゃいけないじゃない!!先生だって、結婚なんか考えてないでしょ」

確かに、具体的に意識したことはなかった。だが、小十郎は別れるつもりもなかったし、慶が求めれば学校も辞めて一緒にいくつもりだった。
慶の恋愛意識は幼すぎる。離れたら、そこで終わりだなんて中学生みたいだ。
普通の女子高生は、恋人が出来ると「絶対にこの人と結婚する」と思い込むものだ。
それに一度セックスしたくらいで必ず妊娠するわけでもない、ましてちゃんと避妊をすればさらに可能性は低くなる。
慶は援助交際どころか、男性との付き合い方すら分からない生娘なのだ。

「ごめんなさい…」
「謝らなくていい」
「…」

慶は無言で首を横に振っただけで、部屋を出ていってしまった。

そのあと、慶はすぐに帰宅してしまった。



翌日、小十郎は白衣を翻しながら購買に向かっていた。今日は弁当は届いていない。
購買でパンを適当に買った。

「あ、ごめんなさい」

購買から引き返そうとしたところで、女子生徒とぶつかった。
特徴的なポニーテイルは、前田慶だ。

「怪我はないか?」
「はい、平気です」
「前田…あとで話があるんだが」
「慶ー、何してんの?教室戻るよ」
「ごめん、先生。人待たせてるから」

慶は一度も目を合わそうとはしてくれなかった。後ろで呼んでいたのは、慶と同じクラスの猿飛佐助という男子生徒だった。
彼も生物の授業を受けているから、よく知っている。
佐助が慶に特別な感情を抱いていることも。

“俺様知ってるんだから、慶さんと先生がデキてるの”

“絶対に、負けない”

そう言われた。一つ気になったのは、“慶さん”から“慶”に呼び方が変わっていることだ。

午後一番の授業は、慶のクラスの生物だった。
期末が終わったことだし、小十郎はテスト返却を終えてから、その時間は自習にした。

「こら、ケータイは使用禁止だ」
「あー、先生!!見逃してよ!!」
「ダメだ…」

机のしたでメールをしていた佐助の背後から小十郎はケータイを取り上げた。くすくすと周りの生徒が笑っている。

「前田」

スカートにケータイを隠そうとした慶はビクッと肩を震わせた。

「没収だ」

小十郎は教師の立場で慶のケータイと取り上げた。
授業が終わり、小十郎はいつものように準備室に戻りコーヒーを煎れた。
白衣から取り上げた二人のケータイを取り出して机に並べた。

本体の裏面にはお揃いのプリクラが一枚貼ってあった。

慶と佐助が写っていて、慶の頬に佐助がキスをしているものだった。
デコレーションの施されたプリクラには、祝一ヵ月と描かれていた。

「二股」

慶は浮気をしていたのか。
それだけは信じまいと誓ったのに。
佐助が慶と親しくなったのは、二人が恋仲になったからだ。



複雑な気持ちのまま小十郎は今日も残業した。
明日までに評定をつけなければならないのだ。
夜の六時、小十郎は席を立ち校舎の施錠と見回りに向かった。冬のこの時期は5時を過ぎればあっというまに真っ暗になる。
無人の教室の電気を消し、窓を施錠してまわる。

「あ、う……佐助」
「慶…大丈夫、恐くない」
「…違うよ」
「優しくしてやるから」

ピタリと小十郎は足を止めた。
慶の教室から男女の声がする。誰がいるか、は分かった。
佐助と慶、しかも、状況は悪い。今まさに慶の体に触れようとしているのだ。
引き返そうとしたが、体は抵抗して前へ進んだ。

「ねぇ…約束と違う」
「いいじゃない、やらせて?」

そっと教室を覗いた。
暗い部屋にぼんやりと二人の影、慶は教卓の上で佐助はその足元で、もぞもぞ動いている。
慶はこちらに背中を向けているのでどんな顔をしているかは分からない。

「大きい…やっぱ慶は胸が大きいんだよねー」
「嘘つき」
「すぐ楽になるよ。慶……よそ見しないで」
「……いや」
「大丈夫、慶には何もさせないから」

早く立ち去りたい、でも、慶のことを見ていたい。
慶がどんな顔をするのか、どんな声で鳴くのか。
慶は教卓に仰向けに寝かされた。
脚を開いて膝をたてて、その間から慶は佐助の姿を見つめていた。
暗くて何をしているのかは小十郎には分からない、だが、慶の小さな悲鳴が教室に響いている。
それに、佐助の息遣いが重なっていく。細い体が淫らに揺れる。

「慶、」
「あ…」
「俺様、限界かも」
「……嘘つき、佐助」
「嘘もなにも、ねえって」

慶は震えながら捲れあがったスカートを直した。
暇なく、嘘つき嘘つきと繰り返していた。

「この状況で…終わらせるわけないでしょーが」
「ひっ!!!や、やだよ、さすけぇ!!さす……け…」








「出席をとる、欠席は……前田だけか」

あの日から三日、時間は何事もなく過ぎた。
かわったことは、この三日、慶の姿がなかったことだ。出席簿の彼女の欄に一つバツ印をつけた。

「慶なら風邪です」
「…そうか」

そう教えたのは佐助だった。
あの日、目の前で慶は処女を喪失した。
この、目の前でニコニコしている男によって。
あそこで乱入することもできた。だが、できなかった。慶は佐助と付き合っていた、だから、いずれそうなることは分かる。

「今日も自習にする。俺は隣で仕事をしてくる、何かあったら呼んでくれ」

頭を埋め尽くす慶の姿、小十郎が見ていることも知らないで佐助によって奏でられる慶の歌。
今まで、キスの間にしか聞けなかった音色を佐助はいとも簡単に手に入れた。
何食わぬ顔で準備室に入ると崩れるように座についた。
慶はどんな顔で、慶の体はどんな感触だったのだろうか。

「先生」
「猿飛か」

佐助は愛想のいい笑い顔で、準備室の扉を開けた。
正直、どんな顔をすればいいか分からない。きっと佐助も見られていたことを知らないだろう。

「先生、慶としなかったんだね。えっち」
「…」
「俺様とは、したのにね」
「だから?」

佐助は壁に掛かっている蝶の標本を手に取った。
この手が、慶の頬を撫でて、胸を触って、そして。

「中に、した」
「……避妊は」
「衝動的だったから、してない」
「あのな、保健の授業で避妊をしろと教わっただろ?」
「平静ぶってんなよ、先生。可愛い可愛い恋人が他の男に犯されて、中にされたんだよ?怒れよ」
「いいんだ。恥ずかしい話、俺は慶に体の関係になることをずっと拒まれてたんだ。
そんな慶が、お前に体を許した…それは俺の負けって意味だ」
「先生は優しすぎるんだよ…」

それから、佐助はずっと慶との行為を一部始終小十郎に自慢した。
授業後、小十郎は早退し慶の家に向かった。とりあえず、病院に行くようにすすめなければならない。
妊娠なんてことになったら彼女は退学だ。この大事な時期にそれだけは避けたい。
それから、聞きたいことがたくさんある。

「失礼します」
「まぁ、片倉先生」
「前田さんが寝込んでいると聞いて…」
「慶なら、ベッドで休ませています…様子を見てきますから、先生は少しお待ちになってください」

玄関を開ければ、慶の伯母である前田まつが出迎えてくれた。
小さな料亭を営むからか、まつは割烹着姿で、うっすらと化粧をし清潔感あふれていた。
慶が、容姿に恵まれているのも納得できた。きっと前田家は皆容姿に恵まれているのだろう。
まつが慶の部屋がある、二階へ上がっていく。小十郎は深呼吸した。

普段と同じ顔で、同じ態度で。

「慶なら、起きてるみたい。さぁ、お上がりくださいまし」

部屋へ案内され、慶の部屋に初めて入った。
女の子らしいぬいぐるみやクッションがチラホラ目についた。
小物もなかなか洒落ている。そしてベッドにできた大きな膨らみはモゾモゾと動いた。

「……なにか、用ですか」

慶のこもった声が聞こえた。
まつは気を利かせて、部屋を出ていってくれた。

「佐助と付き合っていたことを、なぜ言わなかった」
「…違うの」
「佐助と、した感想は」
「……佐助に聞いたの?」
「いや、見ていた」

慶は飛び起きた。
顔を真っ赤にして小十郎を睨み、そして、駆け寄り抱きついた。

「慶」
「俺、佐助と別れた…先生と付き合う前にバイバイした」

慶は編入してすぐに佐助と付き合っていたそうだ。
だが小十郎を好きになり、彼とは破局していたらしい。
男女共相手にしなかった彼女だったが、佐助の執念には勝てず仕方なく付き合い始めたそうだ。

「それで?」
「だけど、だけど…俺が先生とのことで悩んでるって知ってて……俺、先生が…好き…好きだから」
「ゆっくり、話してごらん…」

小十郎は慶の肩をつかみ、そっと体を離すと慶が先程まで眠っていたベッドに座らせた。
涙をボロボロ零し、嗚咽をもらす彼女の頬を親指の腹で軽く拭う。
可愛らしいミルキーピンクのパジャマ姿で髪はボサボサだった。

「脅されたの、交際をバラされたくなかったら……付き合えって…」

少し落ち着きを取り戻し、慶は話を再開した。

「で?」
「えっちは…俺が先生と別れるまでしないって約束してたの」

佐助は慶に小十郎と別れるよう仕向けていたのだ。
自分と慶を付き合せ、別れようというものならば小十郎との関係をバラしてやると脅し我が物にしようとした。
バレたら小十郎は学校にはいられない。
慶は自分のせいで小十郎に迷惑をかけることだけは絶対にしたくなかった。

「でも、でも…昨晩になって佐助に迫られて」
「もういいよ、だいたい分かった」
「俺、どーしても、センセと……いたいから」

佐助に逆らって小十郎との関係を壊されるくらいなら、身を犠牲にしてまでも慶は小十郎との関係を守りたかった。
自分が教師であるから、慶が辛い思いをする。

「俺も慶といたい」
「うん…先生、すき」
「慶」

名前を呼んで、慶の顔を上げさせて優しく口付ける。

「慶……全部許すよ」
「うん、ごめんなさい」
「謝るな…お前をそんな目に合わせたのは俺だ。教師のくせに、生徒のお前を好きになったせいだ」

小十郎は前屈みになり、ぎゅっと慶を抱き締めた。

「せめて、俺が…実習生ならよかったな」
「ううん、慶は…生物の先生をしている先生が好きだもん……ね?」

再び二人は口付け合う。
沸き上がる愛しさ、佐助への嫉妬、そして自分の愚かさに耐えられなくて小十郎は慶のことを離したくなかった。

「あ、先生…」
「…慶、卒業したら結婚しよう」
「もう…えっちしたいだけじゃないか」
「馬鹿、本気だよ」

そうは言うものの、小十郎の手元は器用に慶のパジャマのボタンを解放して、押しつけるようにベッドに慶を倒した。
今日の慶の下着は真っ白な布地にピンク色のハートが散りばめられたシンプルなものだった。
ごくりと唾を飲み込んだ。
白い鎖骨に、佐助の跡がうっすら残っていた。

「あ、のね」
「なんだ」
「慶…佐助とは初めてじゃなかったの」
「え?」
「慶ね、前に佐助と別れるときに……した」

ぴたり、と小十郎は動きを止めた。

「先生…俺が処女じゃないって知ったら、軽い女だと思うかとおもった」
「だから、拒否していたのか?」

慶は恥じらいながら頷いた。

「可愛い…!!!」
「あぁ、先生…!!まつ姉ちゃんたちに聞かれちゃうよ」
「……お前だって、やめらんねぇだろ」
「でも…俺、風呂入ってないから…汚いよ」

まだ熱持ちなのか慶の瞳はとろんとしていて、焦点が定まっているのか分からない。

「慶の汗、嫌いじゃない」
「先生の悪趣味」

我ながら、こんな幼い少女にがっつきすぎでは無いかと自嘲した。
慶はもう要領をつかんでいるからか、自ら腰を浮かし小十郎がパジャマのズボンを下ろすのに協力した。
上下お揃いの可愛らしい下着姿になった恋人はとてもそそられる。

「慶、愛してる」
「せんせ……あ、小十郎さん」

体中にキスの雨がふる。
目蓋、唇、首筋、鎖骨、胸、へそと順序よく進んでいく辺りが大人らしい。
慶はただ彼に身を任せた。

「小十郎さん…」

慶は嬉しそうに顔を綻ばせて、自らショーツを脱ぎ捨てた。








「だーりん、赤と青、どっちがいいかな」
「気が早い」
「もうっ、いいじゃない夢見たって」

慶は無事高校を卒業をし、結婚した。
18で結婚なんか早いと反対されるかと思ったが、相手が社会人で生物教師と安定していて、人柄もよかったからか周りは二人の結婚を祝福してくれた。
小十郎は変わらず生物教師を続けている。学校には報告したが、相手が前田慶であることは内緒だ。

「あのなぁ、女もんばっか揃えて男だったらどうするんだ。買い直すつもりか…?」
「男だって、俺とだーりんの子だもんっ、きっと可愛いよっ。ねぇ〜」

慶は少し体型が丸くなった。嬉しそうにお腹を擦り、話し掛けている。

「お前、こんなに買っても赤ん坊はすぐでかくなるんだぞ?着ないで終わるのがオチだ」
「いいの!!頑張って着せるから」

そう言って、慶は両手に持っていた小さなワンピースを小十郎の持っていた買い物籠に入れた。

「早く産まれてこいよ」

小十郎は慶の少し膨らんだお腹に触れて、優しく囁いた。

「女の子だったら、桜呼(さくらこ)ちゃんで…男の子ならぁ重長くんか政くんにしようか」
「どっちもダメだ」
「えー」

あれから二年、慶は地元の短大生になっていた。卒業後は保育士になるつもりだ。
彼女の妊娠が発覚したのは約半年前だった。
大学生であるから、出産を迷ったが初めて出来た二人の子だから、と慶は出産を決意した。
一年間休学し、卒業は一年遅れてしまうが慶は家族が欲しいんだと強く願っていたから、小十郎はその願いを尊重した。
経済的にも余裕はある、家族一人が増えても問題ない。

慶は親馬鹿だ。夕飯の買い物に来たはずなのに、結局は両手一杯のベビー用品を持って帰宅することが多い。
毎日お腹を撫でて、子供が可哀想だからと小十郎との夫婦の営みは断固拒否。
そのせいで虚しい夜を過ごすことを強いられている。
そんな苦労も知らず、彼女は、既に名前まで考え始めている。

「ねぇ」
「なんだ」
「たくさん、幸せになろうね」

返事の代わりに、小十郎は一つ口付けた。

幸せになろう

ふたりで

さんにんで

よにん、ごにんで

たくさんの幸せを

築こうね










作者コメント

妊娠ネタは苦手な方が多いかなと思いましたが
私は大好物です。
それからさっちゃんのポジ・・・なんだ?ただのタラシ役です。
結構楽しかった!!
続編的なものも考えているのですが、サイトに載せようかこちらに載せようか迷ってます。
連載禁止ですしね。